昔のピアノの椅子
今もあるのだろうか。ずいぶん昔の話、ピアノの椅子は座面が蝶番で開くようになっていて、中に楽譜などが入れられるようになっている物があった。というのを見た事があるという事で、自分はピアノを弾くわけでもなんでもない。スツール「CHOTTO」の引出し箱を思い立ったきっかけだ。
デスクまわりは、とかくモノが集まる。だからこのお尻の下の引出し箱も使い方次第で何かの役にたつだろう。
些細な事だが、スツールを持ち上げて移動する時に、引出しが抜け落ちるのを避けるために、ちいさな引っかかりを作って滑り落ちないようにしている。そんな事を知らずに引出しを引くと少しばかり何かが引っかかった感じがするかもしれない。
文房シリーズのデスクの下に引き込んだスツールはとても美しくフィットする。
もちろん使い方に決まりは無いので「文房シリーズ」をはなれて玄関の小椅子として、リビングのアクセントチェアーとして、またキッチンの家事コーナーにも使えそうだと思っている。
あなたは何を入れますか
ちょっとだけ、スツール「 CHOTTO」 の話をしよう
自画自賛だが、このスツールのネーミング「CHOTTO」がとても気に入っている。
これは文房シリーズのデスクに向かって、「ちょっと」座るためのスツールだ。デスクワークを仕事としている人は別だが、普段デスクに座ることが比較的短時間の人には簡単な腰掛けがあればいい。デザインは椅子の「MANABI」の背をとったものだから、基本的な座り心地は同様だ。
大きく違う点といえば、スツール「CHOTTO」は座面の下に引出し箱を持つというデザインだろう。
私事だが住まいというのは、少しでもきれいに暮らそうと思うと収納収納収納だ。収納といっても中に収納されているものが、収納に値するかどうかという別の大問題もあるのだが、それはともかくとして、僅かなスペースでも、ちょっとしたアイディアで収納に使える。
「MANABI」のデザイン
前に触れたが、これはくつろぎのための椅子ではなく、ちょっとした仕事のための椅子だ。
自分も高齢者の入り口をくぐる年齢になると、腰のことや、姿勢のことを思って椅子にはどうしても神経質になる。
この椅子では、お寺ほどではないが、僅かに座面の後部を高くしている。それだけでも十分に背筋に良い。
そして背当てというか腰当てがしっかりと腰を支えてくれる。人間はおよそじっとしていないので、四六時中きちんと座っているわけではないが、時折きちんと座ると、まことに具合の良い椅子に仕上がったと思っている。
初期のデザインでは、この背当ての部分を木で考えていた、自分で作ったモックアップもそうなっている。(下の写真参照)
だが試作を経て商品化に当たっては座面と同じ布で貼りぐるみとした。腰へのフィット感がとても良い。
微妙なカーブを描く背もたれと座面は桜製作所の専門の張り職人の丁寧な手仕事だ。
感触を考えて、最終製品では布の貼りぐるみとした
最終商品からは削除している
きっかけは、お寺の本堂の椅子
このデザインに至るには、相応の道のりがある。
ある日、お世話になっている北鎌倉東慶寺さまから、ご相談を受けた。本堂でお使いの、ご住職のための家具を一式考えてほしいとのこと。
法具屋さんで手に入るものは、高級品といえども、意匠の選択肢は僅かしかない。いわゆるお寺の本堂の家具が、我々凡夫の眼には、どこに行っても大同小異に見える所以だ。
まるで数寄屋建築のような、光り物のない東慶寺の品の良い本堂に、そうした既製品の家具は、不釣り合いかもしれない。
話を本題にもどす。一式のお道具の中でも椅子が一番頭を悩ませた。掛けやすいことは当然だが、一方で法事の進行などを考えると立ち上がりやすい事も必要だ、更に、多くの人はご住職の後ろ姿に接することになるのだから、後ろから見て、ご立派に見えるという椅子でなければならない。
この椅子について語りだしたらつきないのだが、それは別項にゆずることとして、ここでお伝えしたい事は、座面の後部をだいぶ高くしていることだ。(上の写真参照)
普段、注意して椅子を見る事は少ないと思うが、普通の椅子の座面は前より後ろの方が僅かに下がっている。だから、この椅子は椅子の常識からしたら正反対ということになる。
具体的な高さは、ご住職にご協力いただき、細かな実験の結果設定した。
このデザインを、なぜ思い立ったかといえば、ヒントは座禅だ。
良い姿勢の見本のような座禅のポイントは、しり当てという小さな座布団にある。要するに座面の後ろ、おしりに当たる部分が高いということだ。
毎朝の僅かな時間だが座禅を続けていると、何かの折に役にたつ、ありがたいことだと思っている。
デザインは座禅から始まった
椅子「MANABI」
文房シリーズの 椅子「MANABI」はコンパクトなデスクにあわせて小振りなデザインだ。長く飽きずに使えるという事を意図して極力シンプルに直線を主体としたデザインでまとめている。
「MANABI」というネーミングどおり、この椅子はくつろぎのための椅子ではなく、机に向かって書き物をしたりPCでメールを書いたりという小さなデスクワークのための椅子を意図している。
デザインのポイントは、通常の椅子と異なり座面の後部が高くなっている。これが、僅かな高低差なのだが背筋が伸びて、背当ての部分が腰をしっかりと受け止める。座っていると自然に姿勢が良くなる。
椅子選びは大変
本当に自分にあった椅子を見つけることは容易なことではない。多くの場合は、椅子に自分を合わせていると言った方が近いだろう。
椅子はデザインと同時に座り心地という、とても難しい問題がある。座り心地というのはやっかいで、その椅子が、どんな姿勢のためにデザインされているかによって変化する。くつろぐための椅子か執務のための椅子か、同じくつろぐと言っても、体が包まれるようなくつろぎを求めるのか、午後のお茶をゆっくり飲みたいというのか、人間が快適だと思う姿勢は微妙に異なる。更に体型の個人差を一つの寸法で解決することは困難なので、万人にかけ心地の良い椅子というのも難しい。一例をあげれば、アメリカ市場の椅子と日本市場の椅子では座面の高さ(シートハイ)が異なる。
では椅子選びはどうすればいいのかということになるのだが、私はデザインの好みももちろんだが、ともかく座ってみることだと思う。とても大切なことは、ホームユースであれば、必ず靴を脱いで座ってみることを強くおすすめしたい。
私は男なので具体的には解らないが、ハイヒールを履いたままで、自分に合う椅子を探すのは至難の業のように思えるが、どうだろう。
重装備型には向いていないが
このデスクはあくまでもラップトップの使用を前提にデザインしている。調査によると国内で普及しているPCの7割以上がラップトップという情報が基本になっている。
いわゆるデスクトップ型のPCと大型のモニターという構成は、このデスクではスペース的に無理があるし、繰り返し述べているように、このデスクはこだわりのホームユースとしてデザインしているので、PCを一日中使うような仕事をしている人には向いていない。
ただ2010年のモデルチェンジで、オプションパーツから外れてしまったが、引出しを使わず、そのスペースに外付けのハードディスクや、無線LANのユニットをおさめる事もできる。引出しの穴から中にセットした機械が見えないようにフィラープレートという前面の蓋のような板を売っていた。定番から消えたが、どうしてもという要望にはきっと対応してくれると思う。
これは発売後のエピソードだが、真ん中の大きな引出しを外してしまうと、丁度PCを入れるスペースになるという。これは開発者の私も予測しなかった使い方だ。
ただし、これも普通のデスクではできない。何故かといえば外した引出しの奥まで、きれいに塗装仕上げをしているデスクなどまずないからで、さすが桜製作所の職人と言いたいところだ。
使用シーンを考えてみよう
「文房シリーズ」デスクにラップトップPCが置かれている。
ここではMacBookとしよう。デスクに必須なのはデスクライトで、小ぶりな電気スタンドが必要だ。さてこれがミニマムの条件だが、これで足下はどうなるかと言えば、デスクライトの電源ケーブルが一本、そしてMacBookからは細いコードで白い小さな箱のようなACユニットに繋がり、そのACユニットから白い太い電源コードがという姿になる。
ここで、もう一つの問題は、電源コードの長さは平均的な使用で文句のでない長さを設定しているから、使用シーンによっては長すぎたり足りなかったりする。足りない場合にはテーブルタップという延長コードのご厄介になるのだが、長すぎる場合は、はさみで切るわけにもいかず、我慢である。
更に携帯電話の充電器があり、携帯オーディオプレーヤーの充電器もある。
それでは、上記のシーンを「文房シリーズ」から床に降りるのは、ただ1本のコードのみという景色に変えてみよう。
まず必要なのは、テーブルタップだ。床からのコードはこれだけだ。デスクの裏の慳貪(けんどん)蓋を開けて、引出し裏のスペースにテーブルタップをセットする。
あとはこのタップに電源コードを繋げばよい。コードはなるべくきちんと始末すると小さなスペースで処理ができる。MacBookの白いACアダプターもこのスペースの中に入れられる。携帯電話の充電器も同様にこのスペースに納めることが出来る。壁のコンセントにいく一本のコードだけを出して、蓋をして出来上がりだ。
PCデスクとは
PCデスクというものを売っているが、私の知る限りデスクというよりもPCの延長線上で発想された商品が多く、ケーブルの始末は必須条件だが、キーボードのための引出しがついていたり、プリンタを置く棚をセットできたり、およそ学童机の大人用のようなものであったり、事務所むけのデザインでホームユースに向くものは少ない。
自分なりに考えた開発コンセプトは以下の二つだ。
普通のデスクであること。
ここでいう普通のデスクとは、文房シリーズはホームユースを前提としているので、居間の片隅に事務所のスチールデスクを持ち込むような事はしたくない。
なるべく、普通のデスクでありながら、PCが使いやすい環境を備えているという意味だ。
インテリアに美しくとけ込み、小さいながらデスクとして美しいアイデンティティをもつ。
二つ目は、最大の課題はコードの山、これをどう解決するか。
自分の経験からするとワイアリング(電源コードのとりまわし)が最大のテーマだ。
だからといって、仕掛け、仕組みは最小限にとどめたい。
事務所も自宅もPCの置いてあるデスクの下はコードと充電や周辺機器のACユニットだらけ、たこ足というよりミミズの巣のようで、どうしても掃除がいきとどかないから、ミミズの隙間に綿埃だらけということになる。「なんときたない」と仰るかもしれないが、世の中決して自分だけだとは思えない。
「文房シリーズ」デスクトップの寸法は奥行き45センチ×幅90センチだ。45センチという奥行きは、引出しにすべてを使ってしまうには深すぎる。引出しの奥のスペースをケーブルの始末のために使えるように考えた。
スペースさえあればそれでよいかというと、そうはいかない、使い勝手を考える必要がある。
まず簡単にケーブル類をセットできるためには、開け閉めができる扉がいる。
ただ、この扉は始終開けたりするものではなく、必要な時に最小限機能すればよい。ということで、いろいろと考えたあげく、慳貪(けんどん)に至る。
慳貪(けんどん)と言っても、今の人たちにはなんのことやら解らないかもしれない。ほら「おかもち」の蓋でさ、と言ったところで、こんどは「おかもち」って何ということになる。文字で説明するのは難しいが、上と下に溝が切ってあり、板をまず上の溝に合わせて入れて、下の溝に落とし込んで止める、と言えばわかるだろうか。
写真を参照して欲しい。
慳貪(けんどん)というのは日本の発明かどうか知らないが、慳貪箱という表現や、とても難しい漢字が存在することから考えると、そうなのかもしれない。
シンプルで使いやすい仕掛けだと思う。
ということで、必要な時に裏蓋をあけて、コードや充電器をセットすることで、床におりるコードは余程沢山の機器を使わない限り1本で済むことになる。
足下はすっきりさわやかだ。
理想のPCデスクとしての一つの回答
今回のプロジェクトでは、最初からPCデスクとしての機能を意識していた。
PCも一昔前と違って、今や立派な文房具だ。
硯と筆がインクと万年筆に代わり、鉛筆が登場し、ボールペンやシャープペンシルが登場する。
その延長線上にPCがある。
ただ、鉛筆や万年筆にくらべると、大分大仕掛けでラップトップといっても、それなりの場所はとるし、充電のための電源が要る。更に、外付けハードディスクや、PCではないが、携帯電話、音楽プレーヤなどがデスクに置かれることになる。
理想のPCデスクというのは、人によって、使い方によって様々で、理想の標準などあるはずもないことは承知している。
ここで理想のPCデスクというのは、どこまでいっても私が理想とする姿に少しでも近づけたいと意図してデザインしているという意味なので、誤解のないよう願いたい。
デザインにあたって考えた事は、全くPCデスクという雰囲気を持たないながら、PCのための最小限の機能を内包する小さくて美しいデスクである。
漆の新たな可能性を求めて
漆と家具といえば座卓で象徴されるように、家具全体を漆で仕上げたものが大半だった。
漆は大変に魅力的な素材だが、一方では複雑な工程と手間から大変高価なものになる。
だからというわけではないが、文房シリーズのデスクでは、全体を漆で仕上げることはせずに、あえてデスクトップに限って漆で仕上げるという部分使用を意図することで、漆の魅力を十分に生かしながら価格を抑えることを意図した。
錫蒔研ぎ出し
シリーズのデスクの中でハイエンド商品となるこのデスクトップは、黒の漆の上に錫を全体に蒔き、研ぎ出した独特の風合いを持つ天板で、現状のバリエーションの中では、最も手間のかかる仕上げだ。ちょっと見ると、金属のパネルのようにも見える不思議な表情でありながら工芸品としての格調を備えたデスクトップである。
高価といえば高価だが、同じ漆でも美術品と比べれば、むしろ安価とも言える。
このデスクトップに興味のある人は是非現物見本を見てほしい
漆は傷がつく
時折売り場に立っていると「傷つきませんか」という質問を受けることがある。
答えは「つきますよ」しかないのだが、かつて日本の家具のもう一つの代表であるちゃぶ台も、客間の座卓も上等なものは漆塗りときまっていた。ウレタン塗装などない時代だ。
使えば傷がつく、ただ自然素材というのは傷もまた景色になっていく。
もちろん大きな傷をつけた場合には補修が必要だ。
長期間使ってあまり気になれば、塗り直しや、補修を可能にするために、デスクの天板は取り外しできるようにデザインしている。大きな声では言えないが、天板を別な仕上げにすることも物理的には可能だ。
えらそうな事を言うようだが、前提として、ものを大切に使うという心遣いあってのことだと思っている。
漆
かつて漆のことを海外ではJAPANと呼ばれ、宝物のように珍重された時代があった。それほどに漆は日本を代表する工芸だったのだろう。漆のしっとりとした美しさと、様々な技法によって変化する表情が私たちを魅了する。
香川は日本有数の漆の里
この商品のメーカーである桜製作所の本拠地、四国香川では古くから漆芸が盛んで、蒟醤(きんま)、存清(ぞんせい)、彫漆(ちょうしつ)など数々の技法が継承されてる日本有数の産地だ。
プロジェクトでは香川県無形文化財保持者であり紫綬褒章の受章者でもある作家の山下義人さんの協力を得て「文房シリーズ」の漆のデスクトップの開発をしてきた。
一閑張りの技法をもとに土佐和紙の肌裏紙を用いて繊細でやわらかな肌合いをだしたもの、石肌を想わせる変塗りで独特な表情を見せる「石地塗」、そして全体に錫を蒔き、研ぎ出し磨き上げた「牡丹絞塗」のデスクトップは今まで目にしたことがない格調に輝いている。
こうした変り塗りは、漆の性質を生かしながら色彩と材料の応用で塗り肌にさまざまな表情が生まれ、堅牢性と実用性を兼ねた技法である。
発売当初はデスクトップの沢山のオプションをもち、その中から自由に選定できるようにしたが、どうも日本人というのは、沢山あると選定に困惑するようで2010年モデルから一気に3種類に絞り込んだ。
絞り込んだ理由は、もうひとつあって、それは売り場の売り子さんが説明しきれないという事もあったようだ。
特別な引出しの話
金物との決別
さまざまな部分で考えられる限り考えているが、その中でも特に思い入れが激しいのが引出しだ。
デザインにあたっての思い入れとして100年もつデスクをと考えた。実際に机を百年使う人はまずいないので現実味はないが、まあ強がりの心意気ぐらいに思って頂ければ幸いだ。
一般論だが機械は必ずと言っていいほど故障する。我が家のポンコツのシステムキッチンもまず金物から不具合が始まる。
道具の寿命を極限まで延ばすためには、故障しそうなものを使わないという最も原始的な方法がある。
今でこそ金属の引出しレールは一般的だが、普及し始めたのはそう昔のことではない。それまでは、そして数こそ減ったが今も、上等の桐箪笥や江戸指物などまるで空気を押すような見事な細工の引出しが、その技を競っている。
ということで、金物を使わないデザインとした。更に引出しの引き手も金物を使わずに指かけの穴で済ますことにした。さりとて昔の上等な桐箪笥のような細工は材料からしても技術からしても現実的ではないので、現在の製造工程で可能な製作方法としている。
引出しといえば、普通は立派そうな前板があり、その後ろに手抜きとは言わないまでも、塗装していない木地の箱がくっついているものだが、文房シリーズでは箱として全ての面を仕上げている。
そのまま机の上に出しても、どこから見ても抜いた引出しには見えない。
それがどうしたと言われれば、江戸の粋とでも答えておこうかと思っている。
ただしレールを使った引出しのようにストッパーはついていないので、そのつもりで引き抜けば落下する。
商品モデルでは緩やかな曲面とした。(下の写真参照)
もののクオリティはディテールの美しさの集積だと信じている
いくつかの特徴
最初にいくつかの特徴をまとめておこう。
コンパクトなサイズ
前述のとおり二月堂をコンセプトとしているが、まずデスクとしての必要な大きさの検討から始まった。最初のモデルは現状からすればずいぶん大きなものが検討された。(下の写真参照)デスクというのは不思議なもので、なんとなくイメージする大きさというのがあるし、社会的にも社長さんの机とか、代議士さんの机などステータスシンボル的な意味を持つ場合もある。
机の上に置いてある板が最終製品の大きさ
そんな、いわばデスクの副次的機能はさておいて、必要最小限の大きさを検討していった。結果幅90センチ、奥行き45センチと設定した。
この寸法に至ったもうひとつの理由は、大きなデスクを使っている人でも、実際に使用する面積というのだろうか、積み上げられた書類の谷間はそんなに大きくないということもある。
居間のコーナーでも、和室の片隅でも、廊下ですら置けるコンパクトなデスクが特徴だ。模様替えも、ちょっと力持ちなら一人で十分移動が可能だ。
筆返し コンパクトを補うディテール
コンパクトだが、デスクからものが落ちると困る。広く大きなデスクなら必要ない心配だろうが、このサイズだと少々気になる。
デスクトップの両サイドが、すこしだけ高くなっているのは、筆記用具や小物を不注意で落としそうになったときにストッパーとして機能するデザイン上のディテールで、単なる意匠ではない。
日々使ううちに、あるとないとでは大違いである事が理解できるだろう。
ご推察のとおり、ヒントは日本古来からある「筆返し」を現代に翻訳した。今風に言えば「ストッパー」とか「落下防止なんとか」ということになるのだろうが、「筆返し」とはなんとも心地よい表現だと思う。
普通のデスクでありながら
現実、お値段のことを言えば、驚くほどに安い家具やデスクは沢山ある。びっくりするほど高価な家具もある。
文房シリーズも決して安価な家具ではない。多分世の中には役割分担というのがあって、量産が得意な会社と、まったく量産が不得手な会社がある。
文房シリーズのメーカー 桜製作所は後者の象徴のような会社で、そもそも注文家具で60年やってきた会社だから、量産などやろうと思ってもできない。もちろん手仕事が多い分コスト高になるのだが、量産ではできないクオリティを求めている。
百年を意図して
使い捨てではなく、長く大切に愛用してもらえる家具を意図している。
あくまでも、ものの表現にしかすぎないが、百年使える家具を思ってデザインしている。
そのためには、飽きないデザインであることが必要だ。個性の強いデザインは使い手の気持ちの変化や感性の進歩の中で違和感が生じてくるものだ。
直線を生かしてできるだけシンプルなデザイン、そして基本モデルで黒を基調としたのは、どんな空間でも、まわりにどんな色がきても、けんかをしない色ということで設定している。
一見小さなただのデスクだが、よく見ると素晴らしい。使い続けるともっと素晴らしい。そんな商品を目指してディテールのクオリティに許される範囲で、とことんこだわっている。詳しくは、次ページをご参照願いたい。
文房というネーミング
シリーズの名前を「文房シリーズ」とした。古来、ものを書いたり、読書をする部屋を称して「文房」と言った。今で言えば書斎ということになるのだろう。
書の世界で文房四宝といえば筆、紙、硯、墨のことだ。おなじみの文房具というのは文房すなわち書斎で使う道具ということだ。
現代では、文房四宝に代わってコンピュータが文房具の主人公になりつつある。時代や道具が変わっても、身の回りのちょっとした用事のためのデスクは必要だ。
昔から文房具は「知」のための道具、そして文房は「知」を生み出す場所であった。
使い手が輝くための道具という思いを込めて「文房シリーズ」とした。
もうひとつの始まり 多足机のこと
毎年、極力都合をつけて正倉院展に足を運ぶことにしている。何度見ても多くの発見と学びがある。決して家具を見に行っているわけではないが、正倉院宝物の中で、家具に類する物はごく僅かしかない。
そもそも我々日本人の生活に家具というのはとても少ない。というよりほとんど無かったという方が正確だろう。
洋風化が始まるまでの家具といえば、少々極端かもしれないが箪笥とちゃぶ台ぐらいしか無い。昔の絵図を見てもおよそ家具に類する物は見あたらない。一方西洋では、古くから寝台や王の座る巨大な椅子など様々な家具を見ることができる。
正倉院宝物に家具のたぐいが少ないのは、そんな理由もあろうと思っている。
宝物の中に多足机というのがある。なんとなく現在の神社で使われている机の原点のような気がするがどうだろう。
そのシンプルでありながら、多足というアイデンティティを持った美しさに驚くのだが、私の最大の関心事は、いったいこれをどうやって作ったのかという事だ。あらゆる機械工具に囲まれている現代では通り過ぎがちだが、まともな工具はおろか、刃物すらまれな時代、少なくとも鋸などの登場以前だ。是非知りたいと思っているがいまだにわからない。
今回の文房シリーズのシンボルとしてデザインしたデスクは16足机そのものだ。デザインに当たって、置かれる空間の制約をできるだけ排除したかった、要はどんな所に置かれても違和感なく存在できることだ。私見だが普通の四本脚のデスクは座敷の片隅に置くには違和感があるが、16足デザインは妙に和の空間にもなじむ、畳の座敷に置かれても美しいと思っている。
こだわりのパーソナルファーニチャー
「文房シリーズ」デザイン雑記帳
2010年2月、文房シリーズに新商品ラインが加わり、既存のデスクの細部のデザイン、仕様を変更して2010モデルが発表された。
これを機会に、開発当初からのデザインの背景を書きとめてきたメモを整理してみた。
以下、コンテンツの順番は、およそ思いつくままで、体系的なものではない。写真は下手な文章を補いたいとできるだけ掲載しているが、開発途中のモデルも含んでおり最終商品とは異なる部分も多々あることをご了解いただきたい。
はじまり 二月堂のこと
文房シリーズのそもそもの始まりは二月堂だ。日本の家具の代表である二月堂を現代に翻訳してデザインしたらどうだろうというのが発端だ。
若い人たちは二月堂といってもなじみがないかもしれない。ここで、ごく簡単に二月堂について説明しておこう。
二月堂というのは小さな座卓だ。おおむね45センチ×90センチぐらいで、脚が折りたためるものもある。和室が少なくなって、その数激減だろうが、文机から料理やさんのお座敷まで現在でも多く使われている、いわばマルチパーパスの小座卓である。
二月堂の由来は、お水取りで有名な奈良の東大寺二月堂でお坊さんが食事をする食堂(じきどう)で使われたもので、正式には二月堂食堂机(にがつどうじきどうき)と言う。
お水取りは千二百年を超えて休むことなく継続されている、おそらく世界で最長の歴史をもつ祭りだろう。とすれば二月堂という小さな机も千年を超える歴史をもつことになる。さりとて、千年前の机を今も使っているということでは無いので誤解の無きよう願いたい。ただ現在の二月堂も、何代目になるのか知るよしもないが、千年受け継がれている原型に忠実に製作されていると聞いている。
本物は上記の現代二月堂と違って、お坊さんが質素な食事をとるための卓であり、大きさはおおよそ三分の二ぐらいのとても小さなものだ。
話を戻そう。二月堂は日本人の生活の中に脈々と受け継がれてきた。理由は単純で、とてもコンパクトなサイズと何にでも使える利便性、そして後に折りたたみ式という収納に便利な機能などに代表されよう。
現代日本の住空間は豊かになったとはいえ、まだ狭い。そんな日本の空間でも自分の居場所を作ることができる道具としての家具を意図して「文房シリーズ」をデザインしている。