手鉋で仕上げるスピンドル
スピンドルは一見丸い棒のように見えるが、よく見ると鉋のあとが、はっきりと見てとれる。これもこのデザインの機能という視点からみると、全く意味をもたないし、機械で旋盤加工した方が一般的には美しく、かつ精度の高いものができる。
ここに木匠ジョージ ナカシマのこだわりが見える。旋盤加工された正円の棒で組まれたラウンジアームを想像してみてほしい。
市場でもスピンドルを使用した椅子は多く見かけ、工業製品としての精度を持ってこそいるが、ラウンジチェア・アームのもつ、やさしさや、あたたかさはない。念のため、それがいけないと言っているわけではない。
ただ、わざわざ手鉋で一本一本仕上げている理由は、そんなところにある。気のせいか、私の購入した当時の少々乱暴とも言える仕上げよりも現在の仕上げは大分上等になっているような気がするのだが、いかがだろう。
背もたれのこと
これもラウンジチェア・アームのチャームポイントの一つである、背もたれのトップのディテールを見ておこう。
緩やかにカーブをしながら両端にむかって美しい三次元の曲線のディテールを持っています。ほぼ同様の構造を持つコノイドチェアのトップがしっかりした堅固なものであるのに対して、一見しておわかりのように、こちらは体に沿って曲がるのではというほどデリケートなものだ。
写真でもお解りのように、板の厚さとスピンドルの直径の関係に注目して欲しい。特に貫通している両端のスピンドルと板の厚さを見れば、力ずくで止めようとすれば、板は間違いなく割れてしまう厚さしか残っていない。ここでも製作にあたっは高い精度と技術が要求されることが見て取れる。
1cmにも満たない見事な構造のポイント
上述のように、背もたれのトップの横木にスピンドルをセットし、両端の2本を貫通させて、楔(くさび)で止めている。
この僅か1cmにも満たないポイントが、デザインとして、又椅子の構造上、強度上からも、とても大切な意味を持っている。まずこのちいさなちいさなポイントの意匠を見よう。先に割りを入れたスピンドルを通して、上から楔を打ち込んで仕上げるという技法だが、これはナカシマならではのディテールだと思う。
日本古来の楔や、あらかじめ楔を入れてからほぞ穴に組み込む地獄ほぞの技法から発想したに違いない。
このポイントをしっかり固定することによって、全部のスピンドにかかる力の分散と固定をしている。だから、しなうように感じるやさしいバックも必要にして十分な強度を持っている、これも建築家ナカシマの発想になるものかもしれない。
ものの美しさに理屈など必要ないことは十分に理解しているが、こうしてデザインのディテールをつぶさに見てくると、改めてジョージ ナカシマが木匠といわれる所以がよくわかる。半世紀も前に地球環境を思い、自然を愛し、樹を愛した。多くの椅子をデザイン、制作しているが、このラウンジアームチェアひとつととっても宝石のようなディテールがナカシマの思いを語っていると思う。
このラウンジチェア・アームは、現在も米国ニューホープのナカシマスタジオと日本の桜製作所で受注生産されており、入手可能だ。アームは右、左を選択することが可能であり、アームなしのモデルもある。
定番品の他に、大変高価だが、座板の一枚板仕様や、アームに希少材料を使ったこだわりの逸品も受注している。
ラウンジチェア・アームの小さな補足
モノ語りの文中にラウンジチェア・アームのオリジナルデザインのことに触れた。
2003年にアメリカで出版されたミラ ナカシマさんの本に、1955年のカタログの写真が掲載されている。その中にラウンジチェア・アームのオリジナルデザインと思われる椅子のイラストがある。
桜製作所から、ミラさんにご了解を得ていただくことを前提に、ここに写真を掲載した。
このカタログは、板に直接鉛筆で書かれたイラストというユニークなものだ。
写真の明らかにラウンジチェア・アームのオリジナルだと思われるデザインと1962年に発表された現在のモデルを比べてみると、とても面白い。
大きく変化しているポイントが3つある。
一つは座面の素材、二つめは脚の位置とアームの板と座面をとめる棒の位置とデザインだ。脚の位置は座面の素材、構造上の問題と直結しているので、変わって当然だろう。大変興味深いのは、真上から見たイラストのアームの板の最先端部分に注目してほしい。オリジナルは鋭角に切り落とされているが、現状モデルは本文でも触れたようにアームの板の先端部分は、最後の所で折り返している。とんがったアームの先端のきつさを和らげたのではなかろうか。
最後に背のスピンドルの本数が現在のモデルでは1本増えて、左右を含めて11本になっている。オリジナルデザインのイラストと比べてみると、背の上部の幅が広がっているように見える。デザイン上の理由だろうか、それとも強度の改善だろうか、そこは解らない。
少しだけミラさんの本を紹介しておきたい。
「Nature Form & Spirit The life and legacy of George Nakashima」というタイトルでアメリカで2003年に出版されている。日本語版が無いのが残念だが、ジョージ ナカシマに関する書籍はとても少なく、その中でもナカシマ好きにはとても貴重な一冊だと思う。
建築家、家具デザイナー、そして父としてのナカシマを、彼の仕事、作品を通して描いている。
そして興味深いのは、後半にミラさん自身のデザインによる作品も収録されている。美しい写真が沢山掲載されている270ページに及ぶ大作で、見ているだけでも楽しい本だ。
国内では、高松のジョージ ナカシマ記念館のミュージアムショップと東京銀座の桜ショップで販売しているが、在庫は確認された方がよいだろう。アマゾンでも入手可能のようだ。
香のこと
決して万人向きではないが、好きな人にとって使えば使うほど愛着のもてる道具、大切にしながらも使うことで避けられない小さな傷や摩耗が美しさを増していくようなものを意図してデザインしている。(写真1)
お香の世界はとても深いもので、香道などの世界に至っては私など手も足も出そうもない。そう言いながらも、一通り調べてみると正倉院の蘭奢待(らんじゃたい)から最新のアロマテラピーまで、日本人と香りの歴史はゆうに千年を超えるものがある。
ここでも、改めて世界有数の工芸、文化をもつ国、日本の魅力の一端を垣間見ることができる。
難しいことはさておいて、私と香の話を少しばかりしておこう。仏壇に線香は、あたりまえだが、書を遊ぶ時の香もとても良い。香が欠かせなくなったのは、ある日座禅を初めてからだ。何があろうと毎日座ると決めて以来実行している。
座禅では、大まかな時間の把握のために線香を焚く。いわゆる普通の長さのお線香で、だいたい30分といったところだ。
今風で言えば、携帯電話のタイマーでもセットして座れば同じ事なのかもしれないが、そこには時間管理を超えた、えもいわれぬ世界がある。沈香とか伽羅など、高級なお線香というのは、とんでもなく高価なものなのだということも学ぶはめになったが、香というのが、これほど心地よいものなのかという事にとても感動している。心身ともに癒される。ただ時に朝晩を含む、毎日ともなると消費量も多いので、あまり高価なものばかりを焚くわけにもいかず、その日の気分で愛用の二三種類を使い分けている。
香筒
香筒というのは、あまりなじみがないかもしれないが、名前の通りお線香を入れる筒だ。
格別な理由もなく数年前から気になっていたもので、研究というにはほど遠いが、折に触れて調べていた。様々な素材、加工、加飾を伴ったものなどシンプルなものから、美術品のようなものまであるが、古くは法具であったのだろうか、そこはわからない。
ある時、お世話になっている東慶寺さまから、オリジナルデザインの香筒をお寺で販売したいので考えてくれないか、というご相談をいただいた。
これぞ仏縁というものかもしれない。
以来、香筒開発の楽しい戦いが始まった。試作を重ね7ヶ月、やっと発売のはこびとなった。
いくつかの前提
デザインにあたって、まず前提を整理しなければならない。
素材は原則として「木」、仕上げは漆も含めて考えたい。今回の商品は、東慶寺さまのご意向もあり携帯用が前提、但し携帯用だからといって携帯専用ということではない。
形状は箱型、筒型の両方を検討。
携帯用が前提である限り、「香たて」は必須の付属品だろう。市場の筒型に見られるキャップに香たてを組み込んだものは掃除の不便さと、実際の危険はないのだが、線香の火で木がもえないかという不安がある。
そしてお線香の長さだが、これが製造元によって様々で標準規格が存在するとは思えない。ここでは東慶寺さまで扱われているお香屋さんのお線香を基準寸法としている。
ここから始まった
写真4が最初のモデルだ。
箸箱の短いものを想像していただくと良いだろう。蓋のとっての代わりに丸い窓を開け、そこから内蔵の香たてが見えるというデザインだ。試作を重ねたが、このデザインの特徴として手仕事のディテールこそ勝負という点にこだわっていたこともあって、どうしてもコスト的に無理と判断。
断念。
筒形に移行
筒形での課題は、香たてだ。前述のとおりキャップに香たてを仕込んだものは、掃除の問題と、木製の場合に木の筒の中に火のついた線香を立てるという不安がつきまとう。さてどうしよう。
香たてを外付けにして、根付のようにひもで香筒に取り付けているものがある。これも一案だが、やはり美しく香筒の中にセットされるに越したことはない。
挽きものの感じをつかむためにまず試作(写真5)、そして検討したのが下の写真6のモデルだ。キャップにもう一つエンドキャップを設けて、その中に香たてを入れるという案だ。この案をリファインしていくことにずいぶん多くの時間を費やした。
本体と蓋のかぶせを検討していく、短すぎると不安定になり、深くとりすぎるとキャップの肉が薄い部分が多くなる。
それにしても、この挽きものの職人さんは大変な腕の持ち主で、写真のディテールを見ていただくと、キャップのかぶせの部分の厚さが薄いのにびっくりする。しかし一方で、これだけ薄いと壊れないかという不安がつきまとう。(写真8)
これでいけるか、と思われるモデルを検討していく中で、お線香はデリケートなものなので万が一にも旅行鞄の中で、蓋がとれてお線香がポキポキに折れて鞄の中に散乱するという危険を考えた。
これを回避するためには、ネジがよい。
香たての入るエンドキャップとお香を入れる本体を両ネジのユニットでつないでいる(写真9)。この両ネジユニットの素材を変えることがデザインのアクセントとしてチャームポイントにもなっている。
素材のこと、仕上げのこと
標準仕様はブラックウォールナットの無垢材から挽きだしている。仕上げは艶をおさえたウレタン塗装だ。
特別仕様は素材に稀少材料を使うこととした。ローズウッド、赤樫はご存じの方も多いと思うが、写真で白く見えるホーリーという素材はなじみが薄いのではなかろうか。
目が詰んだ美しい素材で、少々極端だが象牙のように見える。試作の過程では、他のもの同様拭き漆で仕上げてみたが、ホーリーの白い美しさはどこえやら、生漆の色そのものだ。
この特別仕様は、作っているのが全国有数の漆芸の里の讃岐ということもあって、拭き漆で仕上げている。ただホーリーだけは、その白い美しさを表現するためにウレタン塗装で仕上げているが、艶の具合は拭き漆と極力合わせている。(写真11)