連載「モノ語り」目次

ラウンジチェア・アームのモノ語り

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愛用の椅子

ジョージナカシマのサイン
(写真1)

ずいぶんと昔のことなのだが、あらためてこの椅子をひっくり返してみると、1978年5月とある。1978年の小田急ハルクで開催された、ジョージ ナカシマ展で手に入れたものだ。
私の目の前でジョージ ナカシマがサインをしてくれたのを記憶している。
なによりも確かな記憶は、当時の私にとっては、とんでもなく高価なもので、それでも、どうしても欲しい気持ちを抑えきれずに、ほとんどやけくそなる決心をしたことを思い出す。

かつて白かったスピンドルは、いい具合の飴色と化し、ブラックウオールナットも時の流れとともに赤みを増す。傷だらけになっても、傷が風合いとなる。30年間という時間が作った美しさだと思っている。
決して飾ってあったのではない。途中の何年間かは、存命だった両親が、なんでも貸せといって、ちいさなテーブルに向かい合って、この椅子で食事をしていた時代もある。
さすがに僅かなゆるみが生じて、ひどくならない前にと、桜製作所に締め直しを依頼したのがもう十数年前のことになる。
このままいくと、この椅子は立派に次世代に受け継ぐことができるだろう。ただし、受け継いでくれればの話だが。

ラウンジアーム
(写真2)

1955年に原型が登場

ラウンジチェア・アームの原型と思われるデザインがナカシマの1955年のカタログに掲載されている。
この椅子がラウンジアームの原型であることは容易に想像がつくのだが、座面は布のテープであり、現在のような板の座面のデザインは1962年の発表となっている。
オリジナルから半世紀過ぎた現在にあっても、古さを全く感じさせないデザインだ。
この椅子のチャームポイントはなんといっても、ちょっとしたメモをとったり、時にはお茶の小テーブルと化す幅広のアームにある。もちろん食後になっても、だらしなく酒を飲み続ける私にとっては、うってつけである。広い座板は胡座にも良い。

ラウンジアーム
(写真3)

考え抜かれたデザイン

建築家からスタートしたジョージ ナカシマは家具づくりにあたって、家具も建築も基本的には同じだと述べている。その考え方を裏付けるようにナカシマの家具はどれも建築的、あるいは彫刻的な美しさを持ってる。
ディテールを見ていくと、デザインも構造も、強度すらも考え抜かれていることがよく解る。そこには単なるデザインや機能を越えたナカシマの精神性からくるディテールを発見することもできる。

ところが言うのは簡単だが、作る方にしてみると、もちろん治具あってのことだが、太さも違う、角度も違う部材を正確に組み立てていくのは、想像を絶する手間と技術を要する。
もちろん、この椅子がデザインされた時代にはコンピュータ制御の工作機械などありはしない。今の桜製作所の工場でも職人の手技で作られている。何故手仕事でなければできないかは、後段の話を参照してほしい。

価格というのは特別の場合をのぞいて適切につけられていると信じているので、高いの安いのというのは個人の問題だと思っている。コストパフォーマンスというか、モノには適正な価格というものがあって、高すぎても、安すぎてもいけない。この椅子が半世紀近くに渡って、作り続けられ、今も多くの人々に買われ愛用されているのは、そのクオリティと価格を理解する人たちに支えられているのだろう。

ただ私個人にとっては前述のように、この椅子を2脚求めるのに大決心が必要だった。当時の価格からすると、現在の価格はむしろ安いと言えるかもしれない。途中買っては捨てた椅子も決して少なくはない。
今、改めて良いものを大事に長く使うことの大切さを感じている。
我が家のラウンジチェア・アームも使い続けるうちに自分はなんと素晴らしい買い物をしたのかと思うようになった。それほどにこの椅子にほれている。

以下は多少なりとも専門的な視点から書いている。

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「ラウンジアーム」の商品情報は、桜ショップオンラインにてご覧いただけます。

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株式会社古今研究所 代表取締役
稲生一平

アートディレクター、陶芸家
1942年生まれ。大手広告代理店に勤務後に独立。異色のプロデューサーとして活動。
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