香たて 小さな部品
さて、ご自宅では不自由がなくとも、旅先などで線香を焚こうと思うと香たては必須だ。香たてさえあれば、あとは灰皿でも、小皿でもなんでも良い。デザイナーの馬鹿な夢は、小さな美しい石の香たてができたらと思ったが、現状では、やはり馬鹿な夢で、石を加工して仕上げ、そこに小さな穴を開けるというのはとても高価なものになる。一応の試作はやっている。
ということで、ここは手軽で加工しやすい人工大理石を使用することとした。
かくして楽しい開発は一応のゴールにたどりついた。今回も一生懸命のプロジェクトだが、商品開発というのは、どこで止めるかという事で、決して満点もないし、満足もない。考え続ければ、どんなに小さな簡単なものでも湧き出るように改善点がうかぶものだ。願わくば、お客様のフィードバックも得ながら小さな改良を続け、長い時間をかけて完成度を高めていくことができたらと思う。
素材のこと、仕上げのこと
標準仕様はブラックウォールナットの無垢材から挽きだしている。仕上げは艶をおさえたウレタン塗装だ。
特別仕様は素材に稀少材料を使うこととした。ローズウッド、赤樫はご存じの方も多いと思うが、写真で白く見えるホーリーという素材はなじみが薄いのではなかろうか。
目が詰んだ美しい素材で、少々極端だが象牙のように見える。試作の過程では、他のもの同様拭き漆で仕上げてみたが、ホーリーの白い美しさはどこえやら、生漆の色そのものだ。
この特別仕様は、作っているのが全国有数の漆芸の里の讃岐ということもあって、拭き漆で仕上げている。ただホーリーだけは、その白い美しさを表現するためにウレタン塗装で仕上げているが、艶の具合は拭き漆と極力合わせている。(写真11)
筒形に移行
筒形での課題は、香たてだ。前述のとおりキャップに香たてを仕込んだものは、掃除の問題と、木製の場合に木の筒の中に火のついた線香を立てるという不安がつきまとう。さてどうしよう。
香たてを外付けにして、根付のようにひもで香筒に取り付けているものがある。これも一案だが、やはり美しく香筒の中にセットされるに越したことはない。
挽きものの感じをつかむためにまず試作(写真5)、そして検討したのが下の写真6のモデルだ。キャップにもう一つエンドキャップを設けて、その中に香たてを入れるという案だ。この案をリファインしていくことにずいぶん多くの時間を費やした。
本体と蓋のかぶせを検討していく、短すぎると不安定になり、深くとりすぎるとキャップの肉が薄い部分が多くなる。
それにしても、この挽きものの職人さんは大変な腕の持ち主で、写真のディテールを見ていただくと、キャップのかぶせの部分の厚さが薄いのにびっくりする。しかし一方で、これだけ薄いと壊れないかという不安がつきまとう。(写真8)
これでいけるか、と思われるモデルを検討していく中で、お線香はデリケートなものなので万が一にも旅行鞄の中で、蓋がとれてお線香がポキポキに折れて鞄の中に散乱するという危険を考えた。
これを回避するためには、ネジがよい。
香たての入るエンドキャップとお香を入れる本体を両ネジのユニットでつないでいる(写真9)。この両ネジユニットの素材を変えることがデザインのアクセントとしてチャームポイントにもなっている。
ここから始まった
写真4が最初のモデルだ。
箸箱の短いものを想像していただくと良いだろう。蓋のとっての代わりに丸い窓を開け、そこから内蔵の香たてが見えるというデザインだ。試作を重ねたが、このデザインの特徴として手仕事のディテールこそ勝負という点にこだわっていたこともあって、どうしてもコスト的に無理と判断。
断念。
いくつかの前提
デザインにあたって、まず前提を整理しなければならない。
素材は原則として「木」、仕上げは漆も含めて考えたい。今回の商品は、東慶寺さまのご意向もあり携帯用が前提、但し携帯用だからといって携帯専用ということではない。
形状は箱型、筒型の両方を検討。
携帯用が前提である限り、「香たて」は必須の付属品だろう。市場の筒型に見られるキャップに香たてを組み込んだものは掃除の不便さと、実際の危険はないのだが、線香の火で木がもえないかという不安がある。
そしてお線香の長さだが、これが製造元によって様々で標準規格が存在するとは思えない。ここでは東慶寺さまで扱われているお香屋さんのお線香を基準寸法としている。
香筒
香筒というのは、あまりなじみがないかもしれないが、名前の通りお線香を入れる筒だ。
格別な理由もなく数年前から気になっていたもので、研究というにはほど遠いが、折に触れて調べていた。様々な素材、加工、加飾を伴ったものなどシンプルなものから、美術品のようなものまであるが、古くは法具であったのだろうか、そこはわからない。
ある時、お世話になっている東慶寺さまから、オリジナルデザインの香筒をお寺で販売したいので考えてくれないか、というご相談をいただいた。
これぞ仏縁というものかもしれない。
以来、香筒開発の楽しい戦いが始まった。試作を重ね7ヶ月、やっと発売のはこびとなった。
香のこと
決して万人向きではないが、好きな人にとって使えば使うほど愛着のもてる道具、大切にしながらも使うことで避けられない小さな傷や摩耗が美しさを増していくようなものを意図してデザインしている。(写真1)
お香の世界はとても深いもので、香道などの世界に至っては私など手も足も出そうもない。そう言いながらも、一通り調べてみると正倉院の蘭奢待(らんじゃたい)から最新のアロマテラピーまで、日本人と香りの歴史はゆうに千年を超えるものがある。
ここでも、改めて世界有数の工芸、文化をもつ国、日本の魅力の一端を垣間見ることができる。
難しいことはさておいて、私と香の話を少しばかりしておこう。仏壇に線香は、あたりまえだが、書を遊ぶ時の香もとても良い。香が欠かせなくなったのは、ある日座禅を初めてからだ。何があろうと毎日座ると決めて以来実行している。
座禅では、大まかな時間の把握のために線香を焚く。いわゆる普通の長さのお線香で、だいたい30分といったところだ。
今風で言えば、携帯電話のタイマーでもセットして座れば同じ事なのかもしれないが、そこには時間管理を超えた、えもいわれぬ世界がある。沈香とか伽羅など、高級なお線香というのは、とんでもなく高価なものなのだということも学ぶはめになったが、香というのが、これほど心地よいものなのかという事にとても感動している。心身ともに癒される。ただ時に朝晩を含む、毎日ともなると消費量も多いので、あまり高価なものばかりを焚くわけにもいかず、その日の気分で愛用の二三種類を使い分けている。